2010年1月3日日曜日

孫が帰る日・田舎暮らし便り(蓼科より)

平成22年1月3日,雪のち曇,時々晴,-3℃(AM9:00)

今日は名古屋から来ていた次男一家が返る日だ。6才と3才の孫がいて,朝から晩までうるさいウルサイと言いながらも楽しませてもらった。孫達がいる間は妻との会話もお互い角が立たないようにしているので気持ちも穏やかだ。いなくなった今は寂しい気がする。

お土産をたっぷり持たせなければならない。6才の孫と土中保存してあるダイコンとネギを掘り出した。自分で作った米倉庫から玄米を二袋軽トラに積み,すぐ側にあるJA佐久浅間西部のコイン精米所にいった。孫が来た時にはこれをやるのが日課になっている。

土中の野菜保存も,いまのところ順調だ。ダイコンには10センチほど伸びた葉がついていたので,3月まで大丈夫かな,と少し心配だ。大地の力はすごいと思う。上手に活用すればかなりの省エネになるような気がする。今後研究しよう。
コイン精米の性能が良いのには驚く。たった400円で,35kgの籾を,短時間せいぜい10分で白米にしてくれる。コヌカがとれるのも楽しみである。

コヌカはいろんな使い道がある。今は野菜くずコンポストに微生物のエサとして入れている。嫁にコンポストの作り方と教え,コヌカを持たせた。考えてみると,米は捨てるところがない。

拠る時頃,名古屋から着いたよと電話があった。雪道を無事帰れて良かった。
Youtubeをご覧下さい。
孫が帰る日・田舎暮らし便り167号(蓼科より).mov       


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2010年1月1日金曜日

謹賀新年・田舎暮らし便り(蓼科より)

平成22年1月元旦,金,昨夜雪,朝から終日曇り,-3℃(PM10:00)

立科町はホワイト正月です。おめでとうございます。
寒さもほどほど,順調な冬と言えるようです。

昨夜,というより今朝といった方がいいが,メルマガ新年号の発信に手間取って寝たのが4時になってしまった。従って起きたのが8時半。息子の携帯で起こされた。

9時に一家総勢11人の正月が始まった。孫達はすこぶる元気で食事を待ちかねていた。大人組は少々御神酒を頂きながら,私のメルマガ送信の話になった。
私はいま,約2000通のメールを200通づつに分割してBCCで発信しているが,サーバーを変えてから送信時のセキュリティチェックが厳しくなってスムーズに送れない。息子達は「メーリングリストにするべきだ」と主張した。訳を聞いて納得したので,そうすることに意思決定はした。が,作業はこれから。

元日の一番の仕事は年賀状。煩わしさもあるが,読み始めると次々と友人達の顔が浮かび,チョコッと書かれたコメントに引き込まれていく。普段忘れている人の顔を思い出し,一瞬だが思い出にひたるのは楽しいものだ。
年賀状は,1年に1度のおつき合いの棚卸しと考えていて,大事にしてきた。50円のハガキが,忘れかけ緩みかけた関係をそっと締め直してくれる,という感じだ。ステキな文化だと思う。

私のデスクトップパソコンには,ウィンドウズとマッキントッシュの両方が入っていて,年賀状管理ソフトはウィンドウズにあり,メールはマックの方にある。基本的に,メルマガ「蓼科便り」を送らせて頂いている皆さんには,失礼をしているのではと思いながらもメルマガ上で新年のご挨拶をさせて頂いている。年賀ハガキで出しているのは約200通。

昨夜年取りが終ってからパソコンを開き,間にいろんなこともやっているが,最終的にチェックがすんで落ちを入力して,打ち出して,コメントを書いて投函したのが今夜8時だった。
だが,今年はしっかりできたので気持ちがスッキリした。
しかし,手にして,読んで味があるのはやはり手書きのハガキだと思う。




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コミュニティを活性化する「地縁による団体」とは;

「地縁による団体」を活用して地域の活性化を計ろう!

端的に表現するなら,地域社会における共有財産を法人格を作って所有する方法。
地域社会において,その地域住民みんなが使うような土地,建物等が個人名義或いは共有地として登記されていることが多い。

それらがどうなっているか現状を調べると,小さな自治組織では法人格が無いことが多いので,仕方なくその時の責任者や役員の名前で共同登記していることが多い。しかも,その名前の方々が既に生存せず,その相続手続きもしてないことが多い。
このような物件を,何らかの処分をしようとすると,その相続手続きから入らなければならず,そのひとり一人の親類縁者全員の書類を作らなければならない。これは大変な時間と労力を,つまりお金を必要とする。困ったことに,大勢の親類縁者の中には行方知れずの人もいる。大変なことになる。

このような問題を解決するために作られたのが,地方自治法第260条の2による「地縁による団体」である。この団体は,一定の区域に住む過半数の人が加入している組織で,市町村長の認可により市町村に登録される。

下記は,その条文の冒頭部分であるが,要点だけ先に述べると,法人格を持てるが法務局への登記が不要,公共性が証明されれば諸税がかからない,代表者が変わった時には変更届を市町村長に提出すればよい,年度決算をする必要がない等の非常に簡便な手続きで不動産が管理できる。且つ,法人格があるので,保険をかけたり事業をすることも可能となる。

第260条の2 町又は字の区域その他市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体(以下本条において「地縁による団体」という。)は、地域的な共同活動のための不動産又は不動産に関する権利等を保有するため市町村長の認可を受けたときは、その規約に定める目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。


ともかく,非常に便利な団体である。
私は,今までにこの団体を3つ作る経験をさせてもらいました。
この経験を生かして,NPO法人信州まちづくり研究会の事業にさせて頂くつもりです。



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2009年12月28日月曜日

シベリア俘虜記・田舎暮らし便り(蓼科より)

平成21年12月27日,日,晴,

最近,松本の林友会長穂苅様の著書「シベリア俘虜記」を読んだ。再版なされて,お送り頂いたものだ。
穂苅さんは,輸入住宅協会の初代会長を務めて頂き大変お世話になった方。シベリア帰りということはお聞きしていたが,あまり口になさらなかった。尊敬してやまない方である。

日本がポツダム宣言を受託して終戦になった後において,ソビエトは火事場泥棒のように満州に侵入し,日本へ帰すと偽りながら,57万人という膨大な数の兵隊をシベリアに抑留したのだった。帰国できなかったのは5万5千人と書かれている。

穂苅さんは,タイシェットというところに連れて行かれ約2年間飢えとマイナス数十度の寒さと強制労働という,まさに生き地獄の体験を強いられ,それでも運良く故国に帰ることができた。
帰り着くとすぐ,このソビエトによる酷い仕打ちを連合国に訴えようと自宅の倉にこもり書き上げたのだという。だから本物の生の体験記だと思う。

ソビエトによる不当なシベリア抑留のことは知ってはいたが,チャンとした書物を読んだことはなかったので,実態を知る良い機会を頂いたと感謝している。

読み進むにつれ,何度も胸が苦しくなる思いだった。ユダヤの虐殺も原爆も酷いが,シベリア抑留強制労働は生身の人間を時間をかけて拷問で殺していくに等しいと思った。読後に残ったものは,ロシアへの怒りと,どうして果てしなく戦争は続くのだろうかという疑問だった。そして日本の柔軟外交への憤り。
Amazon.co.jp: 極光のかげに―シベリア俘虜記 (岩波文庫): 高杉 一郎: 本

数年前に藤原てい(諏訪の女,新田次郎の妻,藤原正彦の母,)の満州引揚者の悲劇の記録「流れる星は生きている」を読んだが,これも地獄の記録で,何度も何度も泣かされた。
この本は,若い人達に是非読んで欲しい。地獄の底から生還する凄まじい記録から根源的な生きる勇気が与えられた。
Amazon.co.jp: 流れる星は生きている (中公文庫BIBLIO20世紀): 藤原 ...



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2009年12月21日月曜日

困ると知恵が湧く!田舎暮らし便り(蓼科より)


平成21年12月21日,月,晴,-5℃(PM7:00)

19日朝降った雪(1〜2センチ)が,まだ日陰には残っていて,今朝は最高の冷え込みだった。立科あたりが一番雪が少なかったようだ。
写真は我家の庭です。

マズいと思いながら,このところブログをサボってしまった。
自分の記録として毎日書くべきだと思っているのだが,意思が弱い。タバコは止められたのに!

12月入ってからは,ダイコンとネギの貯蔵をしたくらいで,農作業はほとんどない。
最近は,親父が30年も前に作ったベランダ下の半地下温室の断熱工事や倉庫の片付けをやっている。昨年,社長を退くまでほとんど手をつけられなかった。

同時に,生活費をおとすため,電気と石油の消費量を減らす工夫をしている。
人間は追いつめられると知恵が湧いてくるものだとつくづく思う。
家の暖房は,自分が着るもので代用できることが判った。当たり前のことだが以前はそういう発想にならなかった。パソコンが叩けないほど手が冷えてしまったらダメだが,かる〜い綿入れを羽織り,足の保温を工夫すれば,18℃もあれば十分だと判った。

温室も,コンパネ一枚で隙間だらけの天井(ベランダ床)に,解体材の発泡スチロール断熱材とコンパネを重ね,隙間をコーキングした。窓の外側には断熱用ビニールシート貼った。そうしたら,室内温度が2℃も上がった。

工夫するといろんなことができることが判った。そうすると楽しい。



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2009年12月12日土曜日

ネギの貯蔵・田舎暮らし便り(蓼科より)


平成21年12月12日,土,晴,7℃(PM9:00)

今日は,10日ばかり半日陰に干してあったネギを畑の隅に保存した。440本植付け,400本ほど成長し,30本ほど食べてしまい,70本ほど手元に残し,約300本を貯蔵した。

方法は,ダイコンと同じ近所のベテランから教わった。
斜めに40センチほど,長さ約2m堀上げて,ネギを並べ,籾殻で充填した。籾殻は保温と通気のため。作物を作るのはもちろん楽しいが,こうして土に保存するのもはりあいがある。自然の懐に作物を休ませてあげるような気がして心和むものがある。腐葉土仕込みとネギの保存をYoutubeにアップしました。
腐葉土仕込みとネギの貯蔵・田舎暮らし便り163号(蓼科より).mov       







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2009年12月7日月曜日

腐葉土ヤード仕込み・田舎暮らし便り(蓼科より)





平成21年12月6日,日,朝霧&晴

今日は気になっていた腐葉土づくりをやった。
今,去年の記録を調べてみたら,12月2日に仕込んでいるのでそんなに遅れた訳ではない。

去年は三矢の道路清掃から出る落ち葉を相当量もらったが,今年は頼むのを忘れてしまい,他所に捨てられてしまった。残念!

そこで,今年は腐葉土ストックヤードがある畑の上にあり里山沿いに続く農道で拾った。ありがたいことに落ち葉は幾らでもある。2日前に雨があったので,落葉は丁度良い湿り具合だった。去年はカサカサに乾いていて水をかけた記憶がある。

レイキでかき寄せ,箕で受けて軽トラにぎっしり山盛りで2台分集めた。
それを去年造ったストックヤードに20センチ厚くらいに敷き込み,苦土石灰とコヌカを散布して3層積み重ねたところで暗くなり,今日の作業は中止した。始めたのが午後2時過ぎだったので残念。あと1時間もあればもう2層くらい積み上げて終ることができると思う。

落葉は山の匂いがしていい。昨年作ったのは良い腐葉土堆肥になり,全部畑に入れてしまった。足りなかったので今年は昨年より多くするつもり。

ともかく,山の恵みは大きい。
最近北信州の山間地を歩く(車で)ことがあったが,平らなところが全くないような急傾斜地にも集落がある。それも谷毎にたくさんある。道路も車も無い時代にどうやって生きたのかと思うが,詰まるところ山には開拓者を食わせるだけの恵みがあったとしか思えない。



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